ブルガリア政府観光局ブルガリアについて

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★☆ ブルガリアの歴史 ☆★

 現在、ブルガリアと呼ばれる地域の歴史は紀元前5、6世紀まで遡ります。
この地域に存在した文明のほとんどが国土の小さいブルガリアにその足跡を残しています。
先史時代の人々がさまざまな洞窟一一バチョ・キロ岩窟、マグラタ、デヴエタシカ岩窟、テムナタ・ドウプカなど―に往んでいました。
ブルガリアでは多くの原始時代の道具類や世界中に知られている壁画も発見されています。
旧石器時代、新石器時代、青銅器時代の小集落や埋葬地もあります。
その中で最も重要だとされているのは1972年に発掘されたヴァルナ青銅器時代の埋葬地で見つかった世界最古の加工された黄金です。
ヴァルチトランの黄金財宝も高く評価されています。
鉄器時代の遺跡も少なくありません――メゼク村のドーム形の墳墓、独特の壁画で知られるカザンラク市のトラキア人の墳墓、パナギュリシテの黄金財宝、ネセバル市の黄金財宝などです。

 ブルガリアの地域は古い歴史をもっています。 美術は古代ギリシャより影響を受けました。
ソゾポル、ネセバル、アフトポル、ツァレヴオ等の黒海沿岸の植民都市も古代から残っています。
ローマ時代の遺跡も魅力的で、町として最もよく保存されているのはヴェリコ・タルノヴオの近くに位置するニコポリス・アド・イストルムです。
しかし、プロヴディフやヴァルナ、キュステンヂル、ビサリャ等、ブルガリアの都市のほとんどでローマ時代の円形劇場が発掘されています。
ソフィア、プロヴディフ、ヴィディン、シリストラ、スタラ・ザゴラ等ではローマの要塞も見られます。

 ブルガリア国の建国は中世期の681年に締結されたブルガル民族とビザンティン帝国との平和条約に始まります。
ブルガリア帝国の建国者はパン・アスパルフ(パン・クブラットというヨーロッパ東北部にあったヴオルガ・ブルガリア帝国の君主の息子)だとされています。

 最初の300〜400年間は、ブルガリアとビザンティン帝国との戦いが統きました。
当時の第一次ブルガリア帝国では歴史を動かした出来事がいくつも起こりましたが、その中でも最も垂要なのは864年にキリスト教に改宗したということです。
そして、キリルとメトディ兄弟はブルガリア語に合ったグラゴル文字を発明し、弟子がそれをキリル文字に発展させました。
しかし、周囲の国々との対立が深まった結果、ブルガリアはビザンティン帝国に征服されました。
ビザンディン支配末期にヴェリコ・タルノヴオの貴族のアセンとペタル兄弟が武装蜂起を起こし、ビザンティンの統治を廃止し、ブルガリア帝国を復活させました。

 第二次ブルガリア帝国の時代(12一14世紀)は文化発展の時代として奸|られています。
プリスカとプレスラフに次いでヴェリコ・タルノヴオが首都となりました。
アセン、ペタル、カロヤン、イヴァン・アセンニ世のアセン王朝の治世はヨーロッパが中世ブルガリアを認める上で大きな役割を果たしました。

 このブルガリアの繁栄は14世紀に始まったオスマントルコの支配で終わりました。
支配は1877−1878年の露土戦争まで続きました。
長らく続いた支配権はブルガリアの国民を団結させました。
18世紀と19世紀の初頭は経済や教育、文化、政治の復興期でした。
1870年にブルガリア教会が独立しました。
ブルガリアの解放運動のピークは1876年の「四月蜂起」の時でした。

 トルコから独立したあと、ブルガリアは徐々にヨーロッパに加わるようになりました。
政治的な失敗やバルカン戦争、同盟国戦争√第一次世界大戦での敗北の後、ブルガリアは経済的・財政的・文化的にヨーロッパに追いつこうとし続けました。

 第二次世界大戦の結末はブルガリアの近代史の動きを変えました。
1944年9月のクーデターから1989年の秋まで、ブルガリアはソ運やワルシャワ条約の国々と協力し、社会主義のモデルに基づいて発展しました。

 現在ブルガリアは 複数政党選挙制度をもつ議会則民主主義の共和国です。
NATO加盟、及び2007年1月からはヨーロッパ連合の加盟国になっています。

 バルカン半島に移住してきた諸民族の伝統や気質は長い年月をかけてブルガリアの文化に浸透しました。
その多様性はブルガリア全土にある民族博物館で見て、民謡を通して聴き、家庭や民族の行事や儀式を通じて感じることができます。
それらは現在の家庭の日常生活でもある程度は残っています。ですから、観光客の人びともブルガリアの伝統に触れ、伝統工芸品、民謡のCDや数多くの建築保存地区の写真などを記念として待ち帰ることができます。

 ブルガリアの手工業を最もよく鑑賞することができる所はガブロヴオ市の近くに位置する「エタラ」野外博物館でしょう。
職人が手づくりでコーヒー用の銅器を作る過程など、もう数十年も前から、ここで見学することができます。
ここには馬具屋やかじ屋や職工などの昔の職業がまだ残っています。
今でも水車が動きそのガタガタと嗚る音が細い道々に響きます。
もし幸運に恵まれれば、[エ ニョヴデン」という夏至にハープを摘む行事など、ブルガリアの伝統的な行事を、ここで体験できます。

 ヴェリコ・タルノヴオ市の職人の道「サモヴオドスカ・チャルシヤ」やドブリチ市の野外民族博物館、織物業や全細工工業の中心だったチプロフツィ市や製陶業の中心地のトロヤン市とその近くにあるオレシャク村の手工業博物館などへ行けばブルガリアの伝統工業について多くのことを翔ることができます。
カーペットならコテル市へ、美しい木彫りならトリャヴナ市へ立ち寄ることもできます。
本物のバゲパイプのカバガイダの美しい音色が聞け、手作りの毛布の美しい色を見ることができるのはここだけです。
マケドニア地方の伝統であれば、バンスコ市とメルニック市で見ることができます。

 プロヴディフ、ルセ、ヴァルナ、ヴェリコ・タルノヴオなどの諸都市では、民族復興期や20世紀初期の建築などを通して都市の文化を知ることができます。

 魅力的なブルガリア文化祭もブルガリアの心をよく表しています。
「クケリ」と「スロヴァカリ」が登場する冬の祭りは1月にペルニク市で行われます。
夏の祭りはコプリフシュティツァ市、ロジェン、プレデラなどで行われ、のど自慢や民族舞踊などが注目されています。

 ソフィア市が首都になったのはトルコから独立して1年後の1897年です。
その時から現在に至るまで人口150万人のソフィアは国の行政、財政、産業などの要となっています。

 しかし、ソフィアは歴史も古く、今でも街中の広場や地下通路にセルディカ、スレデツ、トリアディツァなどの遺跡が静かにたたずんでいます。
青銅器時代の紀元前30世紀ごろ、ここには村落がありました。
その後ローマ帝国の領土となったころ、ここに居住していたトラキア民族の名であるセルディに基づき町は「セルディカ」と名付けられました。
スラブ民族が加わった時。
「スレデツ」という名になり、14世紀末期には今も都市の中心にある聖ソフィア教会の名を取って「ソフィア」になりました。

 ソフィアは行政の中心で国会議事堂、大統領府、内閣、政党本部などはここに集中しています。
1888年10月1日に餅立されたブルガリア最古の大学「聖クリメント・オフリドスキ」もここにあります。

 ソフィア市内には数多くの教会、博物館、記念像、美術館、劇場、オペラ劇場などもあります。
ランドマークの聖アレクサンダー・ネフスキー寺院、旧宮殿(現・国立美術民族博物館)、モスクとシナゴーグを分けるバンスキ広場を見逃すこともできません。
イヴァン・ヴァゾフ国立劇場も独特の建築で注目されています。

 ソフィアは20世紀初期にウィーン風に造園された緑の多い公園でも有名です。

 時間とブルガリアの観光地図さえ持っていれば観光のルートはいろいろあります。
古代の遺跡や有名な建築などまで見るルートもあれば、山や自然を楽しむルートもあります。
ドナウ川や黒海沿岸の観光旅行も可能です。
出張でソフィアやプロヅディフ見本市を訪問する場合でもブルガリアの歴史や自然を楽しめる短距離のルートがあります。

 ソフィア、プロヴディフ、ヴァルナ、ブルガスヘは飛行機で行けます。
北ブルガリアの「ヘムス」と南ブルガリアの「トラキア」という高速道路がブルガリアの諸都市を結んでいます。
よく整備された道路網は村や町や観光地をつないでいます。

 最もよく知られているルートはソフィアープロヴディフです。
この二つの大都会はトラキア高速道路で結ばれ、都市間の距離は132キロメートルです。
春と秋の見本市のためだけではなく古代遺跡や旧市街の見学のためにもプロヴディフを訪問できます。
丘の上にある旧市街を出発点にして、南のロドピ山脈のパンポロヴオや北のバルカン山脈の麓にある町並みの美しいソポット、カルロヴオ、カザンラケ市や温泉の多いビサリャヘ向かうことができます。
プロヴディフからは、最近よく知られるようになってきたトラキア時代のペルペリコン、スタロセル、シプカの墳墓や宮殿の遺跡まで簡単に行くことができます。

 ソフィアーヴェリコ・タルノヴオールセのルートはバルカン山脈を越えドナウ川まで続く北ブルガリアを代表するルートです。
ヴェリコ・タルノヴオに行く前に、トルコ支配時代のブルガリア解放運動で有名なプレヴェンヘ寄るのもいいでしょう。
解放運動博物館も訪問できます。

 ヴェリコ・タルノヴオでは、ツァレヴェデブ古墳の上に位置する第二次ブルガリア帝国の首都一タルノヴグラッドの美しく修復された城壁や宮殿の遺跡の風景が、あなたの目の前に広がります。
ヴェリコ・タルノヴオの民族復興期の歴史を物語る、建築のマイスター コリュ・フィチェトが作った建物も興味を引きま ルセ市では、ルセの人々が誇る「ヨーロッパ」らしい中心部の町並みや気質、文化を味わうことができます。
 夏は黒海沿岸のルートが魅力的です。
ヴァルナやブルガスを起点に、海岸での日光浴・水遊びや、ポモリエ、ネセバル、ソゾポル、アフトポルなどの古代遺跡を見学することもできます。
ヴァルナの近くにあるバルチク宮殿や植物園も見逃せないでしょう。
ヴァルナから、世界文化遺産のマダラの騎士や古代ブルガリア時代の首都のプリスカとプレスラフ市にも簡単に行くことができます。

 陸上であれ水上であれ、ドナウ川の観光ルートであればヴィディンが最適の出発点です。
ヴィディンを出る前に、ババヴィダ要塞を忘れずに見学してください。
ルセの前に前世紀の都市文化が代表的なスヅィシュトフヘ寄るのもよいでしょう。
そこでローマ帝国時代のノヴエという建築保存地区を見ることができます。
ルセを過ぎると次はブルガリア東北部の最大都市シリストラに着きます。
ここではドルストルム古代都市の遺跡を見ることができ、自然保護区のスレバルナ湖の静けさも味わうことができます。

 ソフィアから南西へ向かえばリラ修道院というブルガリア正教最大の修道院の門前に着きます。
次はキュステンディルやブラゴエヴゲラッド、メルニクやバンスコなどへ向かうことができます。
リラ山を通るボロヴェツ遺寒地まで延びるルートもあります。
そこから山の紺い道をたどってリラの七つの湖まで行くこともできます。

 ブルガリアの修道院を回る特別なルートを設定することもできます。
リラ修道院だけではなく、プロヴディフの近くのバチコヴオ修道院、バルカン山脈のトロヤン修道院とドリャノヴオ修道院、イヴァノヴオ村の岩窟教会とヴィトシャ山の麓に位置しているボヤナ教会も訪問することができます。
そのうちの三つはUNESCOの世界文化遺産となっています。


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