ブルガリア政府観光局―シプカ

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歴史


〜現在ブルガリアとなる土地は、
     興味深い長い歴史があります〜
  
2000年以上も前から多くの美しい建築遺産、聖地、遺宝、そして伝説を残してくれたトラ牛丿人がここに住んでいました。
1世紀にこの土地はローマ帝国に征服されました。
現在もローマ時代の街道、聖地、設備など多くの建造物がその跡を残しています。

ローマ帝国が崩壊してから現在ブルガリアとなる土地は後にビザンチン帝国と呼ばれた東ローマ帝国の一部となりました。

7世紀の後半にやってきたブルガル人はスラブ人と手を組み、ブルガリアを建国し、スパルフが初代王となり、プリス力が首都に選ばれました。

ボリス1世王(在位852〜889年)の時代、864年にブルガリアはキリスト教を国教に迎えました。
9世紀の末頃兄弟の牛ユリロスとメトディウスはスラブ文字を作り普及させました。
ブルガリアを拠点にスラブ文字はさらにロシスセルビスウクライナ、マケドニスベラルーシなどを含白スラブ国へと伝わっていきました。
中世都市の中でも輝くプレスラフに首都が移古れたのもこの時代です。

1018年にブルガリアはビザンチン帝国に征服されましたが、1185年にブルガリ人は蜂起を起こし、ビザンチンの支配に終止符を打ったことが第1ブルガリア王国の始まりとなり、後にヴェリコ・タルノヴォが首都となりました。

14世紀の末に、ブルガリアがオスマントルコ帝国に征服古社ましたが、5世紀も続く支配下に置かれながら、ブルガリア人は自らのアイデンティティーや民族意識を失うことはありませんでした。

8世紀にブルガリアの教育と教会が大きな復活を遂げた民族復興期が始まりました。
1876年に最大規模の4月蜂起が勃発し、蜂起は制圧されましたが、2年後起吉足露土戦争(1877〜1878年)の結果、ブルガリアは開放され、3番目のブルガリア国家(公国)が誕生しました。

初代公に選ばれたアレクサンダル・バテンペルグが1886年に退位し、l887年にフェルディナンドが公位に就きました。

1908年にフェルディナンド・サックス・コブルブ・ゴタはトルコからの完全な独立と自らが王位に昇格することを宣言しました。
ブルガリアは立て続けに3つの戦争に参戦しますが、第1次世界大戦で中央連合国側で戦う選択が悲劇につながり、ブルガリアは多くの領上を失いました。

終戦後ブルガりアは復興を果たし、近代産業、高水準の教育、安定した経済を誇る国となりました。

1941年にブルガりアぱ枢軸国側了第2次世界大戦へ参戦しました。
国王のポリス3世が1943年に亡くなった翌年にブルガリアは同盟国側に回り、ドイツ軍をヨーロッパの中南部から追放することに大きく貢献しました。

終戦後ブルガリアはソ連の影響下に置かれました。
1946年に共和国となり、ブルガリア共産党が政権を握りました。
1989年にブルガリアの民主化が始まり、市場経済を目指す新憲法が成立しました。
2004年にブルガリアはNATO(北大西洋条約機構)、2007年にEU(欧州連合)に加盟しました。

alt: ブルガリアのツアー