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ハスコヴォ市


 ブルガリアはヨーロッパの中でもたいへん古い歴史を誇る国のーつです。長い歴史を通して栄華も衰退も経験しました。
 アジアとヨーロッパの東西を結ぶ重要な通過点にあるハスコヴォ市の歴史は、ブルガリア史の縮図のようなものです。
市内で発見された最古の集落遺跡は紀元前年のものとされています。先史時代、トラキア時代、ローマ時代、古代後期、中世が残した多くの文化遺産は、ハスコヴォ市の長い歴史を物語っています。
  立地などに恵まれたハスコヴォ市は比較的早くか発展した都市であり、現在も成長を続けています。2000年以降のたった数年でハスコヴォ市の姿は以前より美しくなりました。 地元の人はもとより、ハスコヴォ市を訪れる人でその美しさに気づかない者はいないでしょう。


アレクサンドロヴォの墳墓
  4世紀のアレクサンドロヴォ墳墓は、トラキア文明が残したモニュメントの中で最も有名なもののーつです。2000年に著名な考古学者ゲオルギー・キトフ(1943〜2008)により発見されました。
 ブルガリア国内でも有数の大規模な墳基に数えられています。墳基内の保存状態が極めてよい壁画は、トラキア人の宗教、儀式、武装、生活、服装などについて多くの新しい真実を教えてくれます。
 2011年にアレクサンドロヴォ墳基は全国100名所に登録されました。
 アレクサンドロヴォ墳基は現在UNESCO世界遺産の登録手続きを進めているところです。

博物館
  2009年に、墳基のすぐそばで、東ロドピトラキア美術博物館がオープンしました。建設には、日本国民からの無償資金・約300万ドルが使われています。
 大規模な施設の開会式には、秋篠宮親王およびブルガリアのパルバノフ大統領が出席しました。展示品の中でも最も目立つのは、サカール山脈北部で発掘された98個の金製アップリケ(紀元前4500年〜4000年)です。
 バルナのネクロポリス(基地)で発見されたアクセサリーとホトニツァ村のネックレスと並んで欧州最古の金属品とされています。
 モニュメントの建設を提案したのはハスコヴォ市長のゲオルギー・イワノフですが、市民の寄付がそれを可能にしました。
 ほんの思いつきで選ばれた市のシンボルでは決してありません。歳暮は大昔から市の保護者とされてきました。
 1000年以上に渡りその歴史の中で聖母誕生祭は最も盛大に祝われてきており、ハウコヴォ市議会9月8日の決議によって公式に「ハスコヴォの日」に指定されました。

聖母のモニュメント
  子供のキリストを抱いた世界一大きい聖母のモニュメントは、聖母への敬虔、愛、そして感謝を込めて建てられました。
 2003年にアルセニー司教の聖水式により開幕し、2005年にはギネスブックへの登録を済ませ、2009年からはブルガリア観光地100選にも入っています。
 彫刻の作者はペテョ・アレクサンドロフ、ニコラ・スタネフその他です。
 素材はコンクリートで、重量はおよそ120トンです。全長は32.8メートルで、台の中に作られた礼拝室「聖母誕生」も魅力の一つです彫刻がそびえ立つヤマチャの小山から町の美しい景色を一望できます。
 2010年に聖母像の隣に鐘楼を完成させました。高さ30メートルの構造はバルカン半島で最大級のものです。鐘楼には総重量1トンを超える大小8つの鐘が設置されています。

ペルペリコン
  この岩石都市は、最近ブルガリアで最も話題となっている古代遺跡です。
 考古学者によれば、生活の跡で最も古いものはなんと6000年前の石銅器時代です。後期銅器時代・初期銅器時代になると、この都市は巨大な聖地へと成長します。
 古代ギリシャの著名な歴史家ヘロドトスの記述にあるように、ロドピ山地の東部には、岩石の掘られた供養台で火を焚きワインを捧げる、ディオニューソス・ザグレウスを祭った聖地がありました。
 そこで仕える巫女は、あのデルポイ・アポロ神殿のピティアに負けないほどの知名度があったようです。また、ローマのセウトニウスによれば、あのアレクサンドロス大帝が全世界を手に入れるといった予言を耳にしたのもペルペリコンだそうです。
 ペルレリコンを含む東口ロドピに多くの文化や宗教がその足跡を残しました。その間に多くの違いがあるのは言うまでもありませんが、すべてが一年に一度訪れる夏至の日を祝ってきました。その何年も続く伝統を伝えてくれるのは、6月22日前夜に行われる、ペルペリコン祭りです。秘密を抱えた過去となぞに包まれた未来とを結びつける一瞬です。

タツール村のオルフェウス聖地
   神格化された王を祭るとされる、いわゆる「へオロン」の最古のものが、タツール近くで見つかったことについては何の疑いもありません。
 最新の調査では、それが他ではなく、あの有名な英雄で歌い手、ロドピ地方のシンボルであるオルフェウス自身であることがわかりました。
 この遺跡は、ブルガリアに残る巨石モニュメントの中でも目立つものです。古代の神殿と中世時代の要塞からなっています。
 標高が最も高い場所に、階段が伝う石に掘られた霊廟があります。天と地、神と人間の仲介役を務めるオルフェウスの墓を表現しているとされています。

ハスコヴォ県メゼックの中世要塞
   メゼック村のはずれにある小山に、保存状態が最もよいブルガリアの中世要塞の一つネウツィコンの跡が残っています。
 11〜12世紀に建てられたこの要塞は、四角形の形をし、面積は7デカール弱です。壁は白モルタルで固めた荒削りの石からできており、外側には装飾として3本のレンガ筋が施されています。また、9つの頑丈な防衛塔に守られており、西方を向いた正門は、両側から攻撃できるよう敵が小さな広場を通らざるを得ないような仕掛けになっています。
 南壁と西壁がつながる場所にある防衛塔は、規模も大きく最良の状態で保存されており、かつて地下階も含む4階があったことがよくわかります。
 城内側には、侵入してからも敵を討てるような細い隙間があることから、籠城隊のいわば最後の逃げ場だったということお分かりになるでしょう。

グルヒテ・カマニのトラキア聖地
 グルヒテ・カマニにあるトラキアの岩石聖地は、トラキア時代の宗教施設の中でも極めて大きな規模を誇り、深い峡谷に分割された巨大な岩石にまたがっています。

ハスコヴォ県 フリャボヴォ村付近のドルメン
 いわゆるドルメン(ブルターニュ語で  「ドル」は「テーブル」、「メン」は「石」)は、ブルガリアで見ることのできる大型墳基の一種です。

カスナコヴォ村付近
 アフロディーテとニンフたちを祭った聖地

  保存状態が最もよいトラキア聖地の一つとされています。初期鉄器時代、温泉を中心に作られた聖地の跡を生かしています。



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